AI導入のROI、低く見積もりすぎていませんか?「見えない人件費」を含めた正しい費用対効果の算出法
2025/12/05
AI 導入の ROI、低く見積もりすぎていませんか?
〜年収 800 万円の社員の「実質時給」は 4,000 円ではなく、6,000 円を超える理由〜
多くの企業が AI 導入・DX 推進で直面する壁、それが「費用対効果(ROI)が見えにくい」という課題です。 「削減時間 × 社員の時給」で計算しているが、その「時給」の設定自体が間違っているケースが 9 割を占めます。
本記事では、経営視点での正しい「人件費単価」の出し方と、それに基づく正確な ROI シミュレーションの手法を解説します。
【現状分析】なぜ、あなたの ROI 試算は「投資価値なし」になってしまうのか?
単純に「年収 ÷ 年間労働時間」で計算していませんか? 額面年収は、あくまで「本人に渡るお金」です。しかし、企業が負担しているコストはそれだけではありません。
経営会計の視点では、社会保険料、オフィス代、PC などの設備費を含めた「実質コスト」で見なければ、正しい投資判断はできません。
【核心】魔法の数字「人件費係数 1.5」とは?
人件費係数「1.2」と「1.5」は、経営会計や人事管理において**「会社が負担しているコストは給与の何倍か」**を見積もる際によく使われる経験則(係数)です。
それぞれの根拠となる内訳を解説します。
1. 係数「1.2」の根拠:【法定福利費】
**「法律で決まっている、会社が強制的に払わなければならないお金」**だけを足すと、約 1.2 倍になります。
会社は社員の給与額(額面)に加え、社会保険料の「会社負担分」を支払っています。これが給与の約 15〜16%程度上乗せされます。
- 厚生年金保険料: 約 9.15%(会社負担分)
- 健康保険料: 約 5.0%(会社負担分/組合による)
- 雇用保険・労災保険: 約 1.0%前後
- 子ども・子育て拠出金: 約 0.36%
- 交通費(通勤手当): 多くの企業で支給されるためここに含めて考えます。
計算イメージ:
1.0 (給与) + 0.16 (社会保険料等) + α (交通費等) ≒ 1.2
使い所: 「もしこの人を雇わなかったら、**キャッシュアウト(現金支出)**としていくら浮くか?」という、最低ラインのコスト削減を計算する場合に使います。
2. 係数「1.5」の根拠:【販管費・間接費】
**「その社員が働くための環境や採用・教育にかかるお金」**を含めると、一般的に 1.5 倍前後になります。 AI 導入のような「業務効率化」の ROI を出す際は、こちらの数字を使うのがより実態に即しており、一般的です。
係数 1.2(法定福利費)に加え、以下のコストが含まれます。
- 採用教育費: エージェント費用や研修費を年数で割ったもの。
- 地代家賃: オフィスの賃料、光熱費(1 人あたりのスペース換算)。
- 設備費: PC、モニター、スマホ、ソフトウェアライセンス代。
- 福利厚生費: 法定外の福利厚生(健康診断追加分、社内イベント、コーヒーサーバー等)。
- バックオフィス費用: その社員をサポートする人事・経理・総務部門の人件費の配賦。
計算イメージ:
1.2 (給与+社保) + 0.3 (オフィス・設備・教育) ≒ 1.5
使い所: 「その業務を遂行するために、会社がトータルで投資しているコストはいくらか?」を算出する場合に使います。 ※コンサルティング業界や IT 業界など、一等地にオフィスがあったり設備投資が高い場合は、1.8〜2.0 倍で見積もることもあります。
3. どちらを使うべきか?
AI 導入の決裁を取りたい場合、**「係数 1.5」**での試算をおすすめします。
理由: AI によって業務時間が浮くということは、単に給与分が浮くだけでなく、その業務のために占有していた**「PC の使用時間」「オフィス滞在に伴う光熱費」「管理コスト」**なども本来は削減(またはより生産的な活動へ転換)されたとみなすべきだからです。
もし上層部がコストに対してシビア(保守的)な場合は、
- Min シナリオ: 係数 1.2(絶対に発生しているコストだけで計算)
- Max シナリオ: 係数 1.5(設備費等を含めた実質コストで計算)
の 2 パターンを用意しておくと、説得力が増します。
【シミュレーション】年収 800 万円社員の業務を AI 化したときのインパクト
先ほどの計算ロジックを使用して比較してみましょう。
| 計算方法 | 時給換算 |
|---|---|
| 一般的な計算(係数なし) | 約 4,100 円 |
| 正しい計算(係数 1.5) | 約 6,250 円 |
1 時間あたりの価値には約 2,000 円以上の乖離があります。 もし月間 20 時間の削減に成功した場合、その効果は以下のようになります。
- 誤った試算:月 8 万円の効果
- 正しい試算:月 12.5 万円の効果
正しい係数を使うだけで、ROI は 1.5 倍に跳ね上がります。「月額 3 万円の AI ツール」が高いか安いか、判断が逆転する瞬間がここにあります。
【応用】「削減」のその先へ。AX(AI Transformation)の本質
ここまでは「コスト削減」の話でしたが、経営視点ではもう一つ重要な視点があります。それは**「機会損失の回避(Value Creation)」**です。
AI 導入によって生まれた時間を、単に「コストが浮いた」と捉えるのはもったいないことです。 その時間を使って、その社員が本来生み出せたはずの「売上」や「利益」を考えてみましょう。
例えば、営業担当者が事務作業に忙殺されていて、AI で月 20 時間を削減できたとします。 その 20 時間で顧客訪問や提案活動を行えば、どれだけの売上を作れたでしょうか?
- コスト削減効果: 月 12.5 万円(時給 6,250 円 × 20 時間)
- 価値創出効果: 月 50 万円〜(例:受注 1 件分の利益)
「コストを減らす」守りの DX から、「浮いた時間で売上を作る」攻めの AX へ。 AI は「人の代わり」ではなく「人の能力を拡張し、高付加価値業務へシフトさせるためのレバー」です。 ROI を計算する際は、この「創出されるはずだった価値(機会費用)」も含めて検討することで、より本質的な投資判断が可能になります。
まとめ
- ROI 計算は「額面」ではなく「会社負担総額(係数 1.5)」で行う。
- さらに、浮いた時間で生み出せる「将来の売上(機会費用)」も加味する。
- 年収 800 万円クラスのハイレイヤーこそ、AI による時間創出のインパクト(ROI)は絶大である。
- 正しく計算すれば、AI は「コスト」ではなく「高利回りの投資」になる。
「自社の適正な人件費単価を知りたい」「具体的な業務削減シミュレーションをしてほしい」という方は、ぜひ一度ご相談ください。 御社の実情に合わせた**「DX 投資対効果 診断シート」**を用いて、精緻なシミュレーションを行います。